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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)702号 判決

原告

高橋恒美

右訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

今井安榮

脱退被告引受承継人

被告

株式会社よみうり(旧商号 読売興業株式会社)

右代表者代表取締役

渡邉恒雄

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

脱退被告

株式会社中部讀賣新聞社

主文

一  脱退被告が原告に対し昭和五八年二月一日付でした編集局報道部報道課の勤務を命ずる旨の配転命令が無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の双方の申立て

一  原告の申立て(請求の趣旨)

主文同旨の判決を求める。

二  被告の申立て(請求の趣旨に対する答弁)

1  本案前の答弁

(一) 原告の訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和五二年五月一日、脱退被告に入社した。

(二) 脱退被告は、昭和四九年七月三一日以降昭和六三年一月三一日に被告会社(当時の商号は「読売興業株式会社」)に営業の全部譲渡をするまで、日刊新聞等の発行を目的としていた株式会社であり、東海三県下を対象に、日刊紙「中部讀賣新聞」及び「報知スポーツ」を発行していた。

(三) 被告会社は、昭和六三年一月三一日、脱退被告から、その営業の全部を譲り受け(以下「本件営業譲渡」という。)、これに伴い、原告・脱退被告間の労働関係は、次のとおりの理由により、原告と被告会社との間にそのまま引き継がれたものである。

(1) 事業実体の同一性

本件営業譲渡に際しては、脱退被告の事業がそのままの形態で被告会社に引き継がれ、意識的に事業体の同一性の継続が図られたものであって、事業の実体については全く変化がなかった。すなわち、会社の内部機構及び人事、事業場所に変化はなく、新聞の発行所の呼称も「中部讀賣新聞社」から「中部読売新聞本社」と変更されたのみでほとんど差異はない。

(2) 集団的労働関係の承継

本件営業譲渡に際しては、脱退被告と訴外中部讀賣新聞労働組合(以下「中読労組」という。)との間で交わされた協定書、合意書、労使慣行等は、被告会社との間でも守られることが確認されている。被告会社の就業規則については、新規制定ではなく、脱退被告の従前の就業規則の改正として扱われており、その改正内容も、経営主体の変更に伴ってどうしても改正を要した退職金規定、非職給(退職年金)の改正以外はほとんど変更されていない。

(3) 個別的労働関係の承継

本件営業譲渡に際して、脱退被告の従業員は、昭和六三年一月三一日付で脱退被告に退職届を提出し、退職金の支払を受け、同年二月一日付で被告会社に誓約書及び身元保証書を差し入れ、被告会社から入社の辞令の交付を受けた。

右の様な形式をとったものの、脱退被告の従業員は、全員無条件で被告会社の従業員となり、かつ、就業規則の適用にあたっては、第九五ないし九八条(雇い入れに関する定め)は適用されず、脱退被告の時期に就業規則の適用によって生じた効力若しくは状態は、そっくりそのまま継続して被告会社の就業規則の適用に引き継がれることになった。退職金についても、被告会社に移行後の退職時に、脱退被告の退職金乗率と通算勤続年数で計算した額が、脱退被告から既に支払われた退職金と移行後の退職金の合算額を上回る場合には、脱退被告の退職金乗率と通算勤続年数で計算した額から既に支払われた退職金を差し引いた額が支払われることとされており、その一体性が実質上確保されている。

退職届、退職金の支給、入社辞令、誓約書、身元保証書等は、移行に伴ってとられた必要最小限の措置であって、実質的には個別的な労働関係は継続されているものである。

(4) 結論

右の各事実からすれば、被告会社は、脱退被告における中読労組との集団的労働関係及び各従業員との個別的労働関係において生起したところの事実行為、準法律行為及び法律行為によって形成された、若しくは形成されるべき法的状態をそっくりそのまま承継したものというべきである。

2  原告に対する配転命令

(一) 原告の勤務部署

原告は、昭和五二年五月一日に脱退被告に入社後、直ちに編集部整理課(その後、編集局整理部に組織変更)に配属され、昭和五八年一月三一日まで整理部員として勤務してきた。

(二) 配転命令

昭和五八年一月二〇日、脱退被告の整理部長藤野廸也は、原告に対し、「二月一日の機構改革にともなって報道部報道課に行ってもらいます。」と配転の内示をし、同年二月一日、脱退被告は、原告に対し、報道部への配転(以下「本件配転」という。)を命令した(以下「本件配転命令」という。)。

3  本件配転命令の違法性

本件配転命令は、以下の各事由により違法、無効である。

(一) 労働契約違反

(1) 原告の脱退被告入社までの経歴

原告の最終学歴は、法政大学社会学部社会学科(マスコミ専攻)であり、昭和三九年四月岐阜日日新聞社に入社した。原告は、採用のための面接時から整理部を希望し、通例ならば、校閲に二年ほどいて報道、整理に振り分けられるところ、入社後即刻整理部に配属された。その後、昭和四九年三月まで一〇年間整理の仕事をしていた。同月、報道部に配置転換となったが、右新聞社の労働組合の役員をしていて不当配転ということで右労働組合が会社と団交し、二ないし三年で整理に戻すとの約束がなされた。

原告は、私事都合で昭和五一年五月、岐阜日日新聞社を退社した。

(2) 脱退被告が原告を採用するに至った経緯

脱退被告は、昭和五〇年三月に新聞を創刊する前後の期間においては、すぐに使えるという即戦力を重視する経験者採用を行っていたのであり、この採用方針は昭和五四、五五年ころまで続いた。脱退被告の右経験者採用という方針により、従業員の募集にあたって整理と報道は区別されていたのであり、原告が応募した際も、整理、報道等と職種を特定して募集がされていた。

昭和五二年当時、脱退被告は、原告の岐阜日日新聞社時代の後輩で当時脱退被告の整理課員であった訴外清水邦彦及び訴外翠洋司に対して、整理課員が足りないので心当りがあったら紹介してくれるよう頼んでいた。原告は、右清水、翠の両名から整理課員として働く気はないかと誘われて脱退被告の求人に応募し、昭和五二年四月二日、当時の石曽根幹雄編集部長、藤野廸也整理課長と面接し、同月五日、当時の竹井博友社長と面接し、同月二一日整理課員として採用されることが決まり、同年五月一日、脱退被告に入社した。

原告は、整理課員として採用されるべく面接されたのであり、入社時の辞令は「編集部整理課、高橋恒美、試用」という内容であった。

(3) 採用後の職歴

原告は、入社して直ちに編集部整理課に配属され、三日間程、業務の手順等の説明を受けた後、直ちに担当面を与えられて業務に従事し、昭和五八年一月三一日までの間、整理の職務に従事してきた。

(4) 労働契約の内容の解釈基準について

労働契約において、労働者が従事する職務、業務内容は、労働時間、賃金とともに重要な契約の内容であり、通常労働契約締結の際、当該労働者の従事すべき職務、業務内容は契約上特定されていると考えられる。労働契約締結時に職務、業務が明示的に特定されていない場合でも、意思解釈により限定されると解すべき場合があるのであり、その意思解釈の基準は、当該労働者の入社前の経歴、職歴、採用のいきさつ、入社面接での質疑応答、入社時の会社の事情、入社後の就労状況、労働慣行等である。

(5) 契約違反

右の各事実からすれば、原告と脱退被告間の労働契約においては、採用時において整理以外には配属しない旨の明確な約束がなかったとしても、その職務ないし業務は整理に限定されていると解すべきである。

本件配転命令は、原告を本人不同意のまま報道部へ配置転換するものであり、労働契約に違反し無効である。

(二) 労働協約違反

(1) 労働協約違反

被告会社と中読組合との間には、「配置転換は原則として一週間前に組合に通告、本人の同意をもって実施する。本人が不同意の場合、その不同意の理由を社が認めた場合は、同意しなかったことを理由として不利益扱いはしない。」との労働協約(以下「本件協約」という。)が存在する。

本件配転命令は、本件労働協約に違反するものであるから、無効である。

(2) 本件労働協約締結の経緯

中読労組は、昭和五六年秋闘において、組合員の権利擁護の立場から配転協約の締結を要求項目の一つとして取り上げた。

同年九月一八日開催の脱退被告と中読労組との秋闘第一回団体交渉において、中読労組は、「配置転換(転勤を含む)を行う際には、発令予定日の一〇日前までに、本人及び組合に提示し、組合と誠意をもって協議し、本人及び組合の同意の後に実施すること」とする要求をした。これに対して、脱退被告の回答は、「会社側は要求については組合要求に沿うよう努力する」というものであり、また、同月二九日開催の第二回団交における回答は、「配置転換については六月から行われている通り原則として一週間前に組合に通告、本人とは同意をもって実施する」というものであった。

同年一〇月八日開催の第四回団交において、中読組合は、配転を拒否した場合にも報復的な不利益扱いを受けないように申し入れ、これに対し、脱退被告は、「その不同意の理由を社が認めた場合」との留保をつけて受け入れた。

その後、中読組合は、配転の労使交渉の到達点を確認するため文章化を求め、脱退被告もこれに応じて、「団体交渉確認事項」と題する書面(〈証拠略〉)が作成された。

(3) 協約の解釈

本件協約の前段は、全ての配転につき、原則として一週間前に組合に通告することと、本人の同意を要件とすることを定めたものである。「本人の同意」について、本人が同意しない場合は、その理由の当否は問わないのであり、仮に脱退被告にとって当該配転の業務上の必要がいくら高くとも、労働者は、その理由の如何を問わずに当該配転を拒否できるのであり、これらの点に例外を認めていない。したがって、配転に関する就業規則第一〇条、第一一条、第二一条、二二条の効力は、労働協約の規範的効力によって制約されることとなるものである。

本件協約の後段は、本人が配転に同意せず、配転が実施されなかった場合に、「断ったことを理由にして不利益な取扱をしない、報復しない」ということを脱退被告が約束したものであり、これにより、前段の実効性が図られるものである。すなわち、配転に対する不同意を理由として、懲戒処分をしたり、賃金、身分、その他の労働条件において不利益扱いをしたりすることは禁止されることとなった。

本件協約は、配転の一週間前に脱退被告が組合に当該配転を通告する旨定めているから、当該配転について組合が組合員の利益擁護のため必要と考えるときは、組合が脱退被告と交渉することを認めていることとなる。

「その不同意の理由を社が認めた場合」との文言は重視されるべきではない。なぜなら、この文言を文言どおり解釈すると「その不同意の理由を社が認めた場合」以外は不利益取扱いがなされることとなり、前段が空文化、形骸化してしまうからである。また、「不利益取扱い」に当該配転が入らないことは、後段の存在意義からして当然のことである。

「その不同意の理由を社が認めた場合」については、組合が、本人不同意のため配転が実施できなかった後の労働条件の協議についで、後段の報復禁止の原則をたてにとって被告の合理的な提案を一切拒絶し、若干の労働条件の変更にも応じないとの態度をとらないことを約束した点に主旨がある。

(4) 本件配転について

脱退被告は、本件配転について、本件協約に基づき中読労組に通告してきたものの、原告本人は、本件配転に不同意であった。しかし、脱退被告は、原告に対して、本件配転についての合理的な説明、説得をせずに本件配転命令の発令を強行した。

よって、本件配転命令は、本件協約に違反するものであるから、無効である。

(三) 不当労働行為

(1) 総論・本件配転の目的

本件配転命令は、原告の組合活動を嫌悪してなされた不利益な取扱いであるとともに、中読労組の組合組織の弱体化を狙った支配介入行為であるから、不当労働行為である。

(2) 中読労組結成の経緯

〈1〉 組合結成について

原告は、昭和五三年二月ころから、整理課整理係の同僚である近藤峰夫、山口裕一、整理課校閲係の小川浩司、村岡俊久、活版課の田中春行、滝守らと話し合い、組合結成の準備を開始した。原告らによる約八か月の準備の後、昭和五三年一〇月一〇日に、七十数名出席のもと、中読労組の組合結成大会が開かれた。結成時点で組合加入の意思を表明していたものは一二〇人ほどであった。

原告らは、組合結成にあたっては、労使協調・御用組合化を排し、労使対決的な団結結成を目指していたものであるから、中読労組の結成の準備活動を、会社に対し秘密裏に進めた。その理由は、組合は本来労働条件の改善をしたり、資本家・経営者と利害が対立するものであり、従って、まっとうな組合であるなら当然会社にとって好ましからざる存在になるのであり、妨害が入って組合がつぶされるというおそれがあったからである。

整理課職場は組合結成の準備の中核的な職場となり、結成後も組合活動の中核職場であり続けた。その理由は、整理職場は、1.内勤であること、2.整理係は、活版、製版、校閲との連帯作業が必要とされ、人的つながりが強くなること、3.全組合員約四〇〇人中、整理、校閲、活版の組合員が約一五〇人でありウエートが高いこと、4.整理係が報道と関係があること、ということである。

原告は、整理課職場に属し、組合結成の準備活動の主力ないし中心メンバーであった。

〈2〉 組合結成・第一期の活動の特徴と脱退被告の支配介入

ア 中読労組は、昭和五三年一〇月一〇日の組合結成大会で、左記の主旨の宣言文を採択した。

ⅰ 脱退被告における劣悪な労働条件の指摘

ⅱ 労使の正しい話し合いの場を確立し、働くものの生活と権利を守ること、

ⅲ 地域の全産業に働く労働者、全国の新聞産業に働く労働者の仲間たちと手をたずさえること

イⅰ 右ⅰは、深夜勤務、三六協定がないままの長時間残業、休日の不足、就業規則の不周知、低賃金水準、社員間の賃金の不均衡、など脱退被告の設立以降の改善すべき労働条件の実態を指摘したもので、労働組合結成の必然性と必要性を宣明したものである。

昭和五三年一〇月一〇日に結成された中読労組は、翌一一日、脱退被告と初団交を行い、組合活動の自由の保障、事務所の貸与、労働法遵守による労働条件改善を求めた。これに対し、脱退被告は、「法律は守る」、「労働条件が不備だらけであることは認める。時間をかけて整備する。」、事務所については「労使で互いに社内を点検して早急に設置する。」など回答した。これにより、就業規則は昭和五四年四月ころ各従業員に配布され、組合事務所は昭和五六年七月一日に開設された。

ⅱ 右ⅱは、労働組合結成後、中読労組の目指すべき団結形成の質を宣明したものであり、労使協調・御用組合を排し、労働者の生活と権利を守ることを述べたものである。これに対して脱退被告は、第二組合結成による方法ではなく、結成された中読労組を変質させ、労使協調・御用組合化の意図を有し、中読労組の組織拡大を容認・黙認する一方で、原告に代表される「ハネアガリ分子」を排除するとともに、脱退被告の息のかかった組合員を組合役員に送り込むなどして組合の団結形成を変質させるべく支配介入してきた。

ⅲ 右ⅲも、労働組合結成後、中読労組の目指すべき団結形成の質を宣明したものであり、企業内組合にとどまらず、地域的、産業的な連帯のもとに組合活動をなし、上部団体への加入を志向したものである。これに対し脱退被告は、中読労組の上部団体加入を断固阻止すべく支配介入してきた。すなわち、昭和五三年一〇月一二日、脱退被告の藤野整理課長は、書記長になった近藤に、上部団体との接触や加盟への活動に嫌悪を表して、中読労組の運営に介入し、また、昭和五四年五月九日には、中読労組の招きに応じて来訪した上部団体となるべき組合の役員に対し、理由を明示することなくその入構を拒否して門前払いを食らわせ、中読労組と上部団体との接触を妨害した。

〈3〉 第二ないし第四期の中読労組の団結活動と脱退被告の支配介入

ア 第二期(昭和五四年八月から昭和五五年七月まで)の団結活動

組合結成時一二〇名ほどの加入者が、第二回定期大会時(昭和五四年九月三日)には二九六名、第三回定期大会時(昭和五五年八月三〇日)には約四〇〇名となり、約九〇パーセントの組織率となった。中読労組は、組織的に大きく成長を遂げ、広告、販売、事業、報知スポーツ、発送の各職場の従業員が組合に結集した。「組合の力は団結の力」であり、その意味では、中読労組は徐々に力をつけてきた。

中読労組の第二期において挙げた成果は、労働条件の緩和については、工務局の明け日勤における一時間の早帰りのみであり、労働時間の短縮、休日の大幅増加など労働条件の緩和に関する大部分の課題が第三期以降の組合活動に残された。賃金水準の引き上げについては、同業他社との間には大きな開きがあり、その賃金水準を一つの目標に闘争を組んできたが、大きな成果を挙げることはできなかった。従業員間の賃金の凸凹是正については、春闘において脱退被告から一定の回答を引き出すなどその是正を進め、一部において成果も挙げたが、全面的な解決には至らなかった。スト権確立については、春のベースアップ、夏の一時金の二回の闘争において、組合執行部が提起し、初めて論議されることになったが、全職場一致の同意には至らず、スト権投票入りは断念された。

中読労組の第二期の活動を総括すれば、中読労組は、組合員数が増加し、組織率が上昇したが、そのまま力を発揮しえたかについては大いに疑問が残るのであり、組合員は、組合運動を通じて改めてその置かれた位置、低劣な労働条件を認識し、中読労組は、ここを起点に新たな闘争の構築に乗り出さなければならないのである。

イ 第三期、第四期(昭和五五年八月から昭和五七年七月)の団結活動

ⅰ 中読労組は、昭和五六年四月一〇日時点において、組合加入有資格者四五四名中組合員四〇八名で、組織率九〇パーセント、同年一一月一九日時点において、組合加入有資格者四五七名中組合員四二九名で、組織率九四パーセントとなった。販売、発送、経理、審議室の従業員も新たに組合に加入し、組織は着実に拡大し、全員加入の「ユニオンショップ」の締結を打ち出してもよいくらいの時期に到達した。

ⅱ 第三次冬季一時金闘争中の昭和五五年一一月一三日ないし一五日の各午前八時一五分から午後六時にかけて、中読労組は、脱退被告の本社玄関前でのビラ配付行動を実施した。

昭和五六年春の第三期春闘時において、中読労組は、初のスト権を立てて、指名ストを実施した。中読労組の第三期春闘における運動上の課題は、「スト権投票で闘えるか否か」にあったのであり、右ストの組合活動上の意義は、戦術というよりは、戦略の範疇にあり、右春闘の勝利はスト権にカギが握られていたものであるところ、組合執行部の「スト権を立てて闘おう」との強い決意によりスト権が立てられることとなったのであるから、組合活動上の意義は大きいものであった。

ⅲ 第四期は、秋期闘争を経て、昭和五六年年末一時金闘争となったが、年末一時金闘争では、第三期春闘に引き続いてスト権が立ち、三日間連続の時限ストが計画・実施され、中読労組の結成以来、組合の団結活動が最も強化され高揚した時期である。

ⅳ 第三期・第四期の中読労組の役員、執行委員は、(証拠略)の一覧表(略)のとおりであって、執行委員長は近藤峰夫であり、原告は副書記長であって、近藤・高橋体制を中軸とするものであった。

ウ 脱退被告の支配介入

ⅰ 昭和五五年の第三次冬季一時金闘争中のビラ配付行動の計画を知った脱退被告は、同年一一月一二日、近藤委員長(当時)に対し、ビラ配付を強行すれば対抗措置として就業時間中の代議員会などを考え直す旨、便宜供与剥奪を示唆し、ビラ配付行動を恫喝によって阻止しようとした。これにより、近藤は、就業時間内に代議員会や執行委員会が開けなくなること、及びビラ配付参加者や指揮者への不当な処分も懸念したが、組合は、便宜供与剥奪を覚悟した上で、翌一三日早朝に代議員会を開き、ビラ配付行動を敢行することを決定し、同日午前八時一五分からビラ配付行動を実施した。

ⅱ 昭和五六年春の第三期春闘について、同年四月一日、スト権投票入りを控え、脱退被告の藤野整理部長は、近藤委員長(当時)に対し、「額はもう出ないよ。まだ出るかもう出ないか君が見極めなきゃいかん。(スト権を)確立してストを打っても出なかったとなると執行部批判が噴出するぞ」と、スト権確立を断念するよう迫って、介入した。

昭和五六年四月一五日、脱退被告は、「声明」と称して大書の張り紙(〈証拠略〉)を掲示して、中読労組のスト権投票を批判し、団交での組合側発言や組合活動に対し恫喝を加えることによって組合員の動揺を誘い、その活動を牽制しようとした。

ⅲ 脱退被告は、中読労組の第四期役員選挙に際して、近藤・高橋体制を阻止すべく、委員長候補に近藤以外の者の担ぎ出しを企図したり、原告の副書記長立候補を断念させるべく原告や原告の妻などに働きかけるなどして、組合の役員人事に介入した。

第四期役員選挙の最中である昭和五六年七月二九日、組合結成の中心メンバーの一人で初代執行委員長の小川浩司は、脱退被告の労務担当重役石曽根幹雄から、同年八月一日付にて、編集局報道部連絡担当から、突然に全く異職種の事業本部企画部への配転を命じられた。右配転に対して、小川は、第四期役員選挙の執行委員に立候補しており、また、事業本部への配転は組合活動上の支障が予想されることから、再考ないし保留を申し出たが、石曽根に拒否された。右配転は、小川の組合活動に対する報復であり、不当労働行為である。

ⅳ 昭和五六年年末一時金交渉中で、同年一一月二八日の全面ストを控えた同月二五日、脱退被告は、申入書(〈証拠略〉)を発して中読労組の組合活動を牽制し、同時に、「社員の皆さんへ」と題する大張り紙を掲示して中読労組の組合活動を牽制するとともに組合員に対し暗にスト中止を働きかけた。

同月二六日、脱退被告側団交委員の一人である林正彦広告局長は、中読労組側の闘争委員である広告外勤の小林隆一と広告内勤の宇津野明彦に対し、同月二七日の中読労組の闘争委員会においてストに反対するよう働きかけ、スト潰しの介入を行った。

同日、脱退被告の藤野整理部長は、近藤執行委員長を呼び出して、ストを止めるように説得した。

同月二八日、辰野梧楼発送部長は、中読労組副委員長の土井誠泰に対し、ストを止めるように説得した。

ⅴ 昭和五七年春闘における同年四月六日の第五回団交で、脱退被告は、この団交での回答を「最終回答」と称し、中読労組の質問を一切受け付けず、一方的に交渉を打ち切り、さらにその後、同月七、八、九日と連日の組合からの団交開催申し入れに対してもこれに応ぜず、団交拒否を続けた。

ⅵ 昭和五七年夏の一時金闘争の交渉中である同年六月二日、脱退被告は、掲示板に「腕章着用に関する会社の見解」なるものを張り出し、腕章着用は就業時間中の組合活動であると判断する、として中読労組の活動を牽制し、組合の動揺を狙った。

〈4〉 第五期の役員選挙及び第五期役員の辞任

ア 中読労組の第五期役員選挙においては、委員長以下各ポストについて対立候補が出る選挙となったが、これは中読労組が結成されて以来初めてのことであった。委員長には近藤峰夫(整理)と原修司(整理)が、書記長には坂野邦弘(印刷)と樋上道治が立候補したが、近藤と坂野は、組合を作った中核メンバー、いわゆる労使協調の運動を排して原則的な運動を指向する闘うメンバーであり、原と樋上は、会社の意向を受けた労使協調派である。この選挙では、従前からの闘うメンバーが協調派を破って全員当選した。

イ 脱退被告による労使協調派の立候補工作と集票工作

原修司と樋上道治は、脱退被告の藤野が担ぎ出した候補であり、藤野らは、組合員に対し、右担ぎ出し候補者についての投票依頼を積極的にした。

ウ 第五期役員選挙後、第三、第四期の会計の不正問題が判明し、昭和五七年八月二七日付で、執行委員長近藤峰夫、副執行委員長三森俊三、副書記長三浦努、会計伊藤伸太郎、いずれも執行委員の小川浩司、矢野進、原告がそれぞれ辞任した。

これにより、闘うメンバーの大半が辞任したことになり、労使協調を排し、原則的な労働運動を推進しようとする組合員は、執行委員会における指導的立場を失うこととなった。さらに引き続き、同年一〇月九日の組合大会において、近藤峰夫及び前期会計村岡俊久に対して六か月の権利停止、原告ら七名に対して一か月の権利停止処分が課され、闘うメンバーの団結活動は大きく制約されることになった。

エ 脱退被告の中読労組に対する支配介入

昭和五七年九月一日、脱退被告の藤野整理部長は、近藤峰夫に対して、「高橋は辞任すべきじゃないと言ったんだろう」と不快感をあらわにし、中読労組の第五期役員の人事問題について不当に溶かいしてきた。藤野は、第五期役員補欠選挙に際して、整理部員の勝原博を執行委員長として担ぎだしをはかった。

(3) 原告の組合歴と原告に対する従前の不当労働行為

〈1〉 原告の組合歴

ア 原告は、前述のとおり、中読労組の結成に際しては、中心的メンバーとして関与した。組合結成後も、中心的な活動家として、教宣、指導、戦略・戦術の提起、会合企画、運営等、労働組合の運営全般にわたって極めて大きな役割を果たしてきた。

イ 原告の組合役員歴は、第一、第二期は執行委員、第三、第四期は副書記長、第五期は執行委員当選(但し、就任辞退)というものである。

ウ 原告は、中読労組の「労使協調の運動を排除して原則的な運動を指向するメンバー―一言で言うと闘うメンバー」の中核であった。

〈2〉 原告に対する不当労働行為等

ア 第四期役員選挙での対抗馬の担ぎだし・立候補断念工作

昭和五六年の中読労組第四期役員選挙に際して、脱退被告の藤野整理部長は、原告が組合役員役員(ママ)に選出されることを阻止すべく、同年七月一八日ころ原修司を委員長候補に担ぎ出そうと工作し、また、同月一九日には、右工作がうまく行かなくなると、近藤を呼び出して組合人事に口出しした。

同月一八日ころ、入院中の原告を藤野が見舞いに訪れ、「体を治すのが先決。次の役員選挙には出馬しないよう」勧めた。藤野の右行動は、前記の原修司担ぎ出しと一体となったもので、見舞いに藉口した組合人事に対する介入である。さらに、その後、原告の副書記長立候補を知った藤野は、原告の妻に電話して立候補の取りやめを説得するように働きかけた。

イ 第五期役員選挙での対抗馬の担ぎ出し・東京出張

前述のとおり、昭和五七年の中読労組の第五期役員選挙においては、脱退被告の藤野らによって、脱退被告よりの役員候補者が担ぎ出されたが、藤野らは、原告が書記長に立候補すると予想し、その対抗馬として樋上を担ぎ出したのである。

脱退被告は、役員選挙期間中の昭和五七年七月二〇日から同月二六日までの間、原告を東京出張させている。これは、原告自身の選挙活動を封じ、全体の選挙活動の総括的立場にあった原告の活動を妨害せんとしたものである。原告は、東京出張から帰社した同月二六日に、口頭で藤野整理部長に対し、選挙活動妨害である旨抗議した。

ウ 前記ア・イにおける脱退被告の各行為は、原告に対する不当労働行為であると同時に、中読労組に対する不当労働行為ともなる。

(4) 本件配転の目的・内容等

〈1〉 動機・目的

脱退被告は、中読労組の組織力が質量ともに増大してゆき、その労使対決的な団結活動が強化されてきたことに対して強い危機感を抱くようになったことから、中読労組の団結形成の労使協調化、御用組合化を企図し、そのために、労使協調を排し、原則的な組合活動による団結活動を目指して奮闘していた近藤・高橋を中心とする役員体制を阻止すべく前記(3)、(4)のように、中読労組に対して支配介入し、原告の組合活動を制限・制約するための様々な不当労働行為をしてきた。

脱退被告は、前述の中読労組第五期役員の大量の辞任、権利停止により従来から組合執行部を担ってきた組合活動家の多数が組合内での発言力、影響力を著しく弱めている時期に乗じて、労使協調派を育成・助長し、労使協調派による役員体制を作るとともに、中読労組を労使協調化、御用化することを企図した。本件配転は、このような状況下において、脱退被告が、原告の組合活動の制約と組織への影響力の減殺を狙って行われたものである。

〈2〉 内容・効果

前述のとおり、中読労組の団結形成の特徴点の一つは、整理部所属の組合員が組合形成の準備の中心となったこと、その後、第二期以降の組合活動も整理部所属組合員が中心となっており、役員体制においても中核となっていた。整理部(中でも整理課)職場が組合結成準備及びその後の組合活動の中核的な職場となった理由は、内勤であること、整理課は活版、製版、校閲との連帯作業が必要とされ、人的つながりが強くなること、全組合員約四〇〇人中、整理、校閲、活版の組合員が約一五〇人でありウエートが高いこと、整理課が報道と関係のあることは勿論であること、の四点にある。原告は、整理部整理課に六年間所属し、仕事上のつながりによる部内あるいは周辺職場における人間関係を基礎として、組合活動をなしてきたものである。

編集内勤で常時社内にいる整理部に比し、本件配転により原告が報道に転出することになれば、社外での取材活動が大部分となり、執行委員会や団交への出席、組合機関紙発行などの活動を十分に果たすことは不可能となる。また、脱退被告ないし被告会社にとって、原告をいったん報道部員としてしまえば、次にさらに東海三県下の支局あるいは通信部へ転出させることは、より容易となり、このように遠隔地通信部へ再配転となれば、組合活動が従前の整理部と比べて「取り上げられる」に等しくなる。

原告が活発に組合活動を行ってきたことは、組合員も周知の事実であり、本件配転命令は、活発に組合活動を行うと報復の配転を食らうという見せしめ的要素と効果をもつ。

〈3〉 類似の例

本件配転命令は、積極的な組合活動に対する脱退被告の嫌悪と報復という面で、前述の「小川配転」と軌を一にしている。脱退被告が組合の組織力が機能しない時期に問答無用的に配転を強行するという横暴性の点でも、本件配転命令との類似性が明らかである。

(5) 本件配転の経緯

本件配転は、機構改革に伴う人事異動とは無関係であり、配転理由も「有為の人材を育成するため」という一般的、抽象的なもので、具体的な業務上の理由はなかった。

脱退被告においては、本件配転以前には、整理従事者が外勤の取材が中心である報道に転出するという配転は例がなかったのであり、原告が整理から報道に異動させられる本件配転は極めて異例である。

本件配転命令は、前述の本件協約に規定する「本人の同意」を原告がしていないにもかかわらず、脱退被告においてこれを発令した。脱退被告は、藤野整理部長を通じて原告に同意を求めたが、業務上の必要性とか理由は説明されず、なんら説得性のないものであったし、しかもその説得は、一月二四日、二五日、二六日の三回で各三ないし五分間にすぎず、二六日に原告が藤野整理部長に納得できるような説明を求めたところ、同部長は説得を打ち切った。また、後述のとおり、脱退被告は、本件配転についての中読労組の団交要求を拒否し続けた。原告及び中読労組が、本件配転は原告の組合活動を嫌悪し、組合弱体化を意図したものとして反対の意思を表明していたのであるから、脱退被告としては、不当労働行為意思がないのであれば、原告と真摯に話し合い、かつ、組合と団体交渉を重ねて、原告及び組合の疑念を晴らすべきであるのに、脱退被告は、本件配転命令を強行した。

(6) 脱退被告の団交拒否

脱退被告は、本件配転について、中読労組が団交交渉を要求したにもかかわらず、これを拒否しつづけた。組合員の配置転換は団体交渉の対象となり、使用者は団体交渉に応ずべき義務があるのであり、特に本件においては、配置転換について前述の本件協約が締結されているのであるから、団体交渉の対象となることは疑問の余地がないものである。

脱退被告は、昭和五八年二月一五日になって初めて団交に応じたが、これは、中読労組が本件を法的な第三者機関にかける姿勢を打ち出した後で、かつ、配転命令発令後のことである。

(7) まとめ

本件配転命令は、種々の点において原告及び中読労組それぞれに対して不当労働行為となるから、違法無効である。

4  結語

以上のとおり、本件配転命令は、前記3の(一)労働契約違反、同(二)労働協約違反、同(三)不当労働行為のいずれの理由によっても、違法・無効であることは明らかである。

よって、原告は、被告会社に対し、本件配転命令が無効であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

新聞社における編集業務内の報道、整理、校閲等の職場はいずれも同一職種に属するものであって、その間の異動は単なる担当職務の変更(担務替え)に過ぎないものであるから、担務替えとなるに過ぎない配転命令は、労務指揮上の事実行為であり、法律効果を伴うものではない。使用者は、雇用契約により取得した指揮命令権の行使として、労務の種類、態様、場所等を具体的に定めて労務提供を求めることができるのであって、労働の場所は雇用契約の履行過程として使用者の指揮命令権により指定されるものに過ぎず、通常、雇用契約の内容を構成するものではなく、契約履行の過程に生じた個別的事実であるから、そこに権利または法律上の利益の観念を容れる余地はない。

原告は、脱退被告との間の雇用契約において編集記者として採用されたものであるところ、本件配転命令は、整理職場から報道職場への異動を内容とするものであるから、単なる担務替えに過ぎない。

よって、本件訴えは、訴えの資格ないし利益を欠くものとして却下を免れない。

三  被告の本案前の主張に対する答弁

1  原告は、脱退被告との雇用契約においては、単なる編集記者として採用されたものではなく、整理部要員として、職務・業務を特定して採用されたものである。

2  労務の種類・態様・場所等は、賃金や労働時間とともに重要な労働条件にあたり、労働契約の要素をなすものであるから、労務の種類・態様・場所等の変更を命ずる配転命令は、労働条件を一方的に変更させ、労働契約の内容をも変更させる意思表示であって、単なる事実行為ではない。したがって、配転命令の効力の有無は、当然民事訴訟の対象となるものである。

3  脱退被告の就業規則二一条は「従業員は所属局部課を変更されるとき、正当な理由なくしてこれを拒むことはできない」と定めており、所属局部課の変更が配転であることを明らかにしている。また、本件協約の配転条項は、所属局部課の変更が配転であることを前提に締結されたものである。

四  請求原因に対する認否及び被告の主張等

1(一)  請求原因1(一)、(二)の各事実は認める。

(二)  請求原因1(三)のうち被告会社が、昭和六三年一月三一日、脱退被告から本件営業譲渡を受けたことは認めるが、原告・脱退被告間の労働関係が、被告会社にそのまま引き継がれたとの点は争う。

(1) 請求原因1(三)(1)の事実は否認する。被告会社における役員人事はもとより職制についても異動があった他、新聞発行体制は従前と相当相違したものとなった。被告会社においては、読者に対する営業上の配慮から可能な限り外見上同一性を維持しようとしたものであって、このことから、事業の同一性があるとすることはできない。

(2) 同(2)記載の事実は認めるが、集団的労働関係の承継については争う。右(2)記載の事実は、営業譲渡後の会社経営を可能な限りスムーズにするための諸般の配慮の結果なされたものに過ぎず、その故に集団的労働関係に変更がなく同一性が維持されていると言うことはできない。

(3) 同(3)記載の事実のうち、本件営業譲渡にさいして、脱退被告の従業員が、昭和六三年一月三一日付で脱退被告に退職届を提出し、退職金の支払を受け、同年二月一日付で被告会社から入社辞令の交付を受けたことは認めるが、個別的労働関係の承継については争う。

(4) 被告の主張等

被告会社は、本件営業譲渡に際し、脱退被告の債務はそのまま脱退被告に残存させ、施設のみ譲り受けたのであり、脱退被告の従業員は全員脱退被告を退職し、退職金を受領した後、被告会社に新規に採用されたのであって、原告もまた、昭和六三年一月三一日付で脱退被告を退職し、同年二月一日付で被告会社に新規入社したのである。また、被告会社は脱退被告の株式を譲り受けてもいない。したがって、被告会社と脱退被告との間には、法律上何らの一体性もなく、被告会社が、原告・脱退被告間の従前の労働関係を承継するということはない。

仮に、被告会社が、脱退被告から一般的に、個別的労働関係及び集団的労働関係を承継したとしても、原告は、昭和六三年二月一日付で被告会社に採用され、社会部報道課に配属されるに際し、報道部報道課に勤務することを承諾したのであるから、もはや本訴請求のごとき元の職場に復帰することを求める権利を失ったものである。

2  請求原因2の各事実は認める。

3  請求原因3について

(一)(1) 請求原因3(一)(1)の事実のうち、原告の最終学歴が、法政大学社会学部社会学科(マスコミ専攻)であり、昭和三九年四月岐阜日日新聞社に入社し、昭和五一年五月、同新聞社を退社したこと、原告が同新聞社に在職中は、主に整理の業務に従事していたことは認める。

(2) 同(2)第一段のうち、「職種を特定して」との事実は否認し、その余の事実は認める。第二段の事実は認める。第三段のうち、原告の入社時の辞令が「編集部整理課、高橋恒美、試用」という内容であったことは認めるが、原告を整理課員として採用した点については、整理課員に限ってという趣旨ではなく、採用後差し当たっては整理記者として採用されたに過ぎず、「整理部整理課」とされていたのは、担当勤務場所を明らかにしたものであり、整理課なる職種を特定したものではない。

(3) 同(3)の事実は認める。

(4) 被告の主張

原告が、脱退被告に入社するに際し、整理課員としてのみ労務提供することを特約した事実はなく、少なくとも編集記者として採用したものであるから、編集部門内の異動は何ら労働契約内容の変更をきたすものではない。編集部内における報道、整理、校閲等の職務は、同一職種における担当職務であって、その間に職種の概念を容れる余地はない。したがって、整理職場より報道職場への異動が異職種配転とは到底いえず、原告が編集記者として採用された以上、同一職種たる報道部への異動について原告の同意を必要とすることはない。

原告は採用に際し、脱退被告の就業規則の定めに従う旨誓約書を提出しており、同規則二一条には異動のあるべき旨を明示している。また、新聞企業においては、少なくとも編集部内の異動は日常茶飯事であり、特段当該社員の同意を要しないことは一般通念である。通常、労働者は、採用にあたり、特殊な技術学識を有しその技術を生かす研究職に採用された等特例の場合を除き、一般的に使用者の指示する職務に従事する意思をもって雇用契約を締結するのであって、従業員は労働力の処分を使用者に一任する意思であったと認めるのが相当である。

原告は、本件配転が職種を特定した原告の職務を承諾なく変更したから無効である旨主張するが、その前提として、職種特定の事実を認めるに足りる証拠がない以上、右主張は失当である。よって、本件配転命令は、労働契約に違反するものではない。

(二)(1) 請求原因3(二)(1)のうち、本件労働協約の内容及び存在は認めるが、本件配転命令が本件労働協約に違反するとの点は争う。

(2) 請求原因3(二)(2)(協約締結の経緯)については、昭和五六年九月一八日開催の脱退被告と中読労組との秋闘第一回団体交渉において、中読労組が、「配置転換(転勤を含む)を行う際には、発令予定日の一〇日前までに、本人及び組合に提示し、組合と誠意をもって協議し、本人及び組合の同意の後に実施すること」とする旨の要求をしたことは認めるが、その余の事実は次のとおりである。

同月二九日、第二回団交において、脱退被告は「配転について社は組合及び本人の同意がなくては配転できないということは、人事権への介入であるから応じられない。組合には原則として一〇日前に事前通知する」と述べ、同年一〇月二日の第三回団交においては、近藤委員長から「配転問題については保留にする」旨発言があり、その後、同月八日第四回団交を経て、同月一四日第五回団交の結果、配転問題を除きその余の秋闘要求は妥結した。第五回団交終了後、近藤委員長から配転問題について質問があったので、脱退被告側は前記の立場から原則として一週間前に組合に通告し、原則として本人の同意をもって実施するが、本人の不同意理由に合理性がなければ認めることはできない旨回答した。その後、近藤委員長は配転についての脱退被告側発言を明文化したい旨申し入れ、わら半紙に書いた文章を持参したが、右書面には「本人が不同意の場合、同意しなかったことを理由として不利益扱いはしない」旨の文章があったので、脱退被告の石曽根労務担当はこれでは会社に人事権がないではないかといって「不同意の理由を社が認めた場合は」を挿入して返したところ、近藤委員長もこれを了承し、確認事項が成立したものである。

(3) 請求原因3(二)(3)は争う。

(4) 請求原因3(二)(4)のうち、脱退被告が本件配転について本件協約に基づき中読労組に通告し、原告本人が本件配転に不同意であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(5) 被告の主張

〈1〉 本件協定については、右(2)の経緯のとおり、配転に際し、社は原則として本人の同意を得るが、本人が不同意の場合、その理由に合理性がなく、会社において是認しえないときは不同意のまま発令することもあり得るとしたものである。就業規則二一条と対比したときの本件協約の意義は、本件協約は、原則として一週間前に組合に通告することを定め、また、就業規則の定めのような無条件配転を制限し、原則として本人同意をもってすることを定めたものであり、さらに、本件協約の対象範囲は、就業規則には定められていない配転までも含むのであるから、右のように解しても十二分にその意味を有する。

原告は、本人同意の要件について、その不同意の理由は問わないもので、如何に業務上の必要が高くても拒否することができ、例外を認めないと主張するが、本件協約の成立過程に徴しても明らかなとおり、使用者は本来的に企業秩序を維持する権能を有し、その具体的権利の一つとして人事権を有するものであるから、脱退被告がかかる人事権が否定される結果を容認することはあり得ない。したがって、就業規則一〇条、一一条、二一条、二二条の効力が本件協約によって停止されるなどということはあり得ない。

〈2〉 本件協定の後段について、原告は、配転に同意しない場合の報復措置を禁じたものと主張するが、失当である。即ち、本件協約は、本人が同意しない場合において、その理由に合理性がある場合には配転をなしえないことはもとより、不利益取扱いを許さないとしたもので、その理由に合理性がない場合には配転をなしうることを当然の理として定められたものである。徒に配転を拒否し、ために会社業務に支障を与える場合は懲戒等がなされることも、もとよりあり得べきことであって、本件協定はこのことを定めたものである。このように解して初めて被告側の本来的権能が維持されるのである。「その不同意の理由を社が認めた場合」との文言について、原告は重視すべきでないと主張するが、右文言こそ、被告側の企業経営秩序維持権と従業員の配転不同意権との調整を計ったものであって、極めて重要な調整機能を果たすものである。

〈3〉 脱退被告は、本件配転に際し、本件協約に基づき原告に対して同意を求めたところ、原告は単に「整理は天職だ」とのみ主張して同意を拒否し、合理的理由を示さなかったので、脱退被告は本件協定の趣旨にしたがい、正当な拒否権を認めず、本件配転を発令した。

また、原告は、本件配転により、原告の組合活動に支障を来し、組合弱体化に通じる等主張するが、本件配転により原告が報道部勤務となっても、特段組合活動に支障を来すことはない。

〈4〉 本件配転の業務上の必要性

一般に、使用者は、不当な動機・目的をもってされるとか、労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるなどの特段の事情がない限り、業務上の必要性に応じ、その裁量に基づいて労働者の勤務の場所及びその態様を決定することができるが、これらの場合には、余人をもっては容易に代え難いといった高度の必要性がなくとも、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など、企業の合理的運営に寄与する点が認められれば足りる。

本件配転命令は、脱退被告の会社の機構改革に伴い、大幅な人事異動の一環として実施されたもので、一人原告に限ってなされたものではない。脱退被告は、整理記者を長く経験し、当該職務に行き詰まっていた原告に対し、報道記者の経験を加味して編集記者としてさらに一層その能力を開発するチャンスを与えるべく、脱退被告にとって有為な人材育成のために本件異動を実施したものである。原告は、編集局内の肩書のない部員としては最年長であり、脱退被告としては、原告を今後管理職に昇格させるについて、報道の仕事をさせた後、整理主任若しくは報道主任にする方針であった。

異動の前後の労働条件は、外勤、内勤の差こそあれ編集記者としての職務内容に変化はなく、その他の労働条件も殆ど変わるところがなく、もとより勤務場所は従前と全く異ならない場所にあり、組合活動にも特段の支障はない。本件配転には、右のとおり合理的理由があるものであって、原告の組合活動を嫌悪し、その排除若しくは制約を意図してなした不当労働行為ではなく、このことについては、十二分に原告に説明しているところである。

〈5〉 抗弁

仮に、本件協約により、配転に際しては形式的同意が必要とされるとしても、原告の本件における不同意理由は、まさに同意権の濫用というべきであるから、同意があったものとして本件配転命令をなしうるものである。

〈6〉 結語

以上のとおり、本件配転命令は、本件協約に何ら違反するものではないから、有効である。

(三)(1) 請求原因3(三)(1)は否認する。

(2) 同(2)〈1〉のうち、昭和五十三年一〇月一〇日に中読労組が結成されたとの事実は認め、その余の事実は不知。

同(2)〈2〉については、宣言文の存在及びその記載内容が原告主張のとおりであったことについては認めるが、脱退被告の労働条件が劣悪だったとする点、就業規則が不周知だったとする点、脱退被告が中読労組の組合活動に対して支配介入したとの点はいずれも否認する。就業規則は各職場に貼付されていたものであるし、昭和五四年九月四日、愛労評及び新聞労連東海地連の役員ら外部の者が恣いままに入社しようとした際、脱退被告がこれを阻止したのは、脱退被告は、常時新聞企業を厳正に維持するために第三者が許可なく会社施設に立ち入ることを禁止しているのであり、正当な施設管理権を行使した結果に過ぎない。

同(2)〈3〉のア及びイのうち、中読労組の加入者が第二回定期大会時(昭和五四年九月三日)には二九六名、第三回定期大会時(昭和五五年八月三〇日)には約四〇〇名となり、約九〇パーセントの組織率となったこと、スト権確立について、昭和五五年春のベースアップ、夏の一時金の二回の闘争において、論議されることになったが、全職場一致の同意には至らず、スト権投票入りには至らなかったこと、中読労組が、昭和五六年四月一〇日時点において、組合加入有資格者四五四名中組合員四〇八名で、組織率九〇パーセント、同年一一月一九日時点において、組合加入有資格者四五七名中組合員四二九名で、組織率九四パーセントとなったこと、昭和五五年の冬季一時金闘争中に、中読労組が脱退被告の本社玄関前でのビラ配付行動を実施したこと、昭和五六年春闘及び年末一時金闘争において、中読労組がスト権を立てて、指名スト、時限ストを行ったこと、第三期・第四期の中読労組の役員、執行委員は、(証拠略)の一覧表のとおりであって、執行委員長は近藤峰夫であり、原告は副書記長であったことは、いずれも認めるが、その余の事実は不知。

同(2)〈3〉のウについて、脱退被告が中読労組に対して支配介入したとの点は全て否認する。脱退被告が、昭和五五年冬季一時金闘争時に、中読労組による社屋内ビラ配りを中止させたのは、これが違法な組合活動であるから、施設管理権を正当に行使した結果に過ぎない。昭和五六年春闘中の四月一日、スト権投票入り前に、藤野整理部長が近藤委員長に述べた内容は「俺の情報では額はもう出ない。ストを打っても出なかったとなると執行部不信になる。」というものであって、正に後輩に対するアドバイスに過ぎないものであり、また、この際脱退被告が声明文を掲示したのは、組合の闘争方針について非難中傷をするものではなく、脱退被告の方針を明らかにし、従業員の理解を求めたものであって、言論の自由の範囲内である。昭和五六年八月の中読労組の役員改選に際して、藤野整理部長が直属部下である近藤に対し、組合役員は交替でやったらどうかなどと発言したのは、近藤委員長が疲れたので次期はやめたいと藤野に話していたことから、日常職場で生起する事柄について安易な気持ちで意見を述べたに過ぎないものであり、また、原告が副書記長に立候補した際に意見を述べたのは、原告自身、藤野が以前病気見舞いしたときに、出馬しないと言っていたので体を大事にするよう述べたに過ぎないのである。小川浩司に対する配転は、事業本部強化のため実施したもので、何ら不当な人事ではなく、組合も特段異議を申し立てるなどしなかった。昭和五六年年末一時金闘争において、一一月二八日に予定されていた全面無期限ストが中止されたのは組合員の意思によるものであって、脱退被告の介入により中止されたものではなく、また、同月二六日、脱退被告の林広告局長の発言は、ストに対して反対である旨述べたに止まり、広告職場の闘争委員に対しストに反対するよう働きかけた事実はなく、右発言は言論の自由の範囲内のものである。

同(2)〈4〉については、脱退被告が支配介入をしたとの点は否認し、その余の事実は不知。脱退被告の藤野整理部長が、直属部下である樋上に電話したことはあるが、これは上司として直属部下を激励しようとするものであり、支配介入というべきものではない。また、第三期役員の不正経理問題に関する原告の発言に係る藤野整理部長の発言は、それを単に確認したまでであって、原告を批判したものではない。

(3) 同(3)のうち、原告の中読労組における役員歴が原告主張のとおりであること、脱退被告の藤野整理部長が、昭和五六年七月一八日ころ、入院中の原告を見舞ったこと、昭和五七年七月二〇日から同月二六日までの間、原告が東京出張したこと、以上の各事実は認め、脱退被告が原告に対し不当労働行為をしたとの事実は否認し、その余の事実は不知。

藤野が原告を見舞った際の発言は、上司とし直属部下の身体を気づかっての配慮であり、原告主張のような意図はなかった。脱退被告が昭和五七年七月二〇日から二六日の間、原告を東京出張させたのは、従前の慣行に従い、高校野球夏期大会の記事応援というもっぱら業務上の必要性に基づいて以前から実施していたもので、原告の年齢、その他ローテーションから原告に出張を命じたのであって、六月下旬には各人に通知されていたものであり、右通知が中読労組の役員改選の選挙スケジュールが七月一三日に公表される以前になされていたことからしても、原告の役員選挙活動をことさら妨害しようとしたものではないことが明らかである。

(4) 同(4)〈1〉の事実は否認する。本件配転は、前記3(二)(5)〈4〉のとおりの業務上の必要からなされたものである。脱退被告は、中読労組結成以後、何ら原告及び組合の諸活動を嫌悪したことはなく、むしろ、当初から組合の結成を歓迎すべきとの考え方をとっていたものである。脱退被告には、原告が主張するような原告に対して不当労働行為をする動機は全くなく、本件配転命令が、原告の組合活動に対する報復措置として行われたということはあり得ない。

同(4)〈2〉のうち第一段については、原告が整理部整理課に六年間所属していたことは認めるが、その余の事実は不知。第二段及び第三段の各事実は全て否認する。本件配転は、同一の編集部内における異動であって勤務の場所は従前と殆ど変わらないのであり、整理から報道へと勤務の態様が変わっても本来保障されるべき勤務時間外における組合活動には何ら支障となる事由はなく、また、原告は、本件配転命令当時、組合役員ではなかったのであるから特段日常の組合活動に支障を与えるものではなかったのである。原告は、本件配転により、従前に比して深夜勤務は殆どなくなったのであるから、生活上の支障、不利益が生じたということもない。

同(4)〈3〉は否認する。小川配転については、前述のとおり。

(5) 同(5)のうち、本件配転が、原告の同意のないまま発令されたとの点は認めるが、その余の事実は否認する。本件配転は、前述のとおり、業務上の必要からなされたものである。新聞社においては、整理あるいは校閲から報道への異動は一般に日常行われていることで、特段異例のことではない。脱退被告は、本件配転について、原告に対して、前述の必要性を十分に説明したものである。本件配転により原告及び中読労組の組合活動に重大な支障を生ずべき事情がなかったことから、原告及び中読労組が本件配転をもって組合弱体化を意図したものであるとして反対の意思を表明していたが、脱退被告は、中読労組らの一方的な主張を顧慮せずに、本件配転の正当性について主張を述べたのである。

(6) 同(6)の事実は否認する。本件配転については、脱退被告は、中読労組に対して、事前折衝義務は負わないものであるし、また、本件配転内示後、中読労組からの団交申し入れについては、交渉事項をめぐり事務折衝を重ね、漸く昭和五八年二月一三日に至り交渉事項の整理ができたので、同月一五日に団交を開催することになったのであり、脱退被告が徒に団交を拒否していたものではない。

(7) 結語

以上のとおり、本件配転命令は、原告及び中読労組のいずれに対しても不当労働行為となるものではないから、有効である。

五  被告の反論に対する原告の否認及び再反論

1  被告の主張1(二)(4)(報道部勤務に対する原告の承諾)について

脱退被告から被告社会への本件営業譲渡及びこれに伴う労働関係の移転は原告の意思と全くかかわりのないところで実行されたものであるところ、この間原告は、本件訴訟を維持し、脱退被告はこれに応訴し、被告会社が脱退被告の地位を承継した。被告会社は、原告と脱退被告間の個別的労働関係を承継するに際しては、本件訴訟で争われている状態を含めて承継したのであるから、原告が、脱退被告において報道部報道課に勤務することを、無条件に異議を留めず承諾したものであるとすることはできない。

2  被告の主張3(一)(4)(労働契約違反の点)について

労働契約の解釈は、事実に即して個別的になされるべきであり、特に、経験者採用、中途採用の場合にはその必要性は高いものである。原告は、経験者・中途採用として、脱退被告に採用されたものであり、前述のとおり新卒定期採用とは異なった取り扱いがされていたものであって、被告の主張は、原告の場合を、新卒定期採用の場合の議論と同様に扱うものであり、不当である。原告が脱退被告に採用された当時、脱退被告が整理、報道、校閲等と職種を特定して社員を募集していたことは、当時、新聞創刊前後の特殊状況下において社員募集を行っていた脱退被告の具体的事情に照らし、明らかである。

3  被告の主張3(二)(5)(労働協約違反の点)について

本件協約においては、「原則として」が「同意」にかかるとする解釈は、文理解釈として不自然である。また、「原則として」が同意にかかるとすれば、就業規則二一条と同旨を定めたに過ぎないものとなり、本件協約の意味はなくなってしまう。本件協約後段についても、本件協約により配転を拒否したときに労働条件の変更がある場合が考えられる以上、その際の労使の協議の指針となることは明らかである。被告の本件協約の解釈についての主張は矛盾があり、原告の主張に対する反論は十分でなく、その主張は採用できないものである。

本件協約の成文化に際しては、脱退被告の石曽根労担が、近藤委員長の原案に、被告主張の挿入をしたとの事実はなく、近藤原案がそのまま成文化されたものである。

本件協約は、配転について本人同意を要件としている以上、組合員の方の不同意理由は問われないものである。さらに、原告が拒否理由の一つとして「天職」と述べたのは単なる抽象的な表現ではなく、それまでの原告の経歴をひと言でまとめて表現しているものである。むしろ、同意を求める脱退被告の側において、当該配転について業務上の理由が存し、かつ、組合及び本人にその理由を開示する必要があるところ、脱退被告は、内示後原告に対して、業務上の必要性も理由も説明せず、本訴においても、「有為の人材を育てるため」という一般的、抽象的理由を述べるに過ぎない。

本件配転は、被告主張の大幅な人事異動として行われたものではなく、たまたま、その時期が一致したものである。

4  被告の主張3(三)(不当労働行為)について

被告の主張部分は、全て否認する。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これをここに引用する(略)。

理由

一  訴訟要件について

1  訴えの資格ないし利益(被告の本案前の主張)について

(一)  配転命令の法的性質

配置転換ないし配転とは、同一企業内における労働者の職種、職務内容、勤務場所のいずれか又は全てを、長期にわたって変更するものである(以下「配転」という。)。労働契約においては、賃金、労働時間のみならず、就業の場所及び従事すべき業務に関する事項もまた労働条件であり(労働基準法一五条一項、同法施行規則五条一項参照)、労働契約の要素となるものであるから、配転により労働者の職種、職務内容、勤務場所のいずれかが変更されることとなれば、その変更は労働条件の変更、即ち労働契約の内容の変更となるものである。したがって、使用者が配転命令権を有する場合において、労働者に対してこれを行使するということは、当該労働者の労働条件・労働契約内容を一方的に変更するということであり、その性質は一種の形成的な法律行為である。

(二)  本件配転命令の内容・性質

本件配転命令は、脱退被告が原告に対し、編集局整理部勤務から編集局報道部勤務への異動を命ずるものである。整理部勤務から報道部勤務への変更が「職種」の変更であるかどうかについては当事者間に争いがあるものの、少なくとも「職務」の変更となることについては当事者間に争いがない。そして、右(一)で述べたことからすれば、「職務」の変更も配転に該当するのであり、その変更は労働契約の変更というべきである。この点につき被告は、編集業務内の整理と報道の職場は同一職種に属するものであって、その間の異動は単なる担当職務の変更に過ぎず、これを命ずることは、労務指揮上の事実行為であり、何ら法律効果を伴うものではない旨主張するが、右の理由によりこの主張は採用することができない。したがって、本件配転命令の無効確認を求める原告の本訴請求は、法律上の権利関係に関するものであり、訴えの資格ないし利益を認めることができる。

2  本件営業譲渡と当事者適格ないし訴えの利益について

(一)  本件配転命令は、脱退被告から原告に対し発令されたものであるところ、原告は、本件営業譲渡に伴い、被告に対し訴訟引受を求め、当裁判所の引受決定に基づき、以後被告との間において本件訴訟を追行している。しかし、被告は基本的に右訴訟承継を争っているとみられるので、当裁判所は、改めて、本件営業譲渡によって本件配転命令の有効性の争いである本件訴訟につき被告適格の移転が生じたか否かについて判断する。

(二)  雇用契約関係の承継について

請求原因1(一)、(二)の各事実及び被告会社が昭和六三年一月三一日脱退被告から本件営業譲渡を受けたこと、本件営業譲渡に際して、脱退被告の従業員が、昭和六三年一月三一日付で脱退被告に退職届を提出し、退職金の支払を受け、同年二月一日付で被告会社から採用辞令の交付を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

原本の存在及び成立に争いのない(証拠・人証略)の結果並びに弁論の全趣旨によれば、

(1) 脱退被告は、本件営業譲渡に先立ち昭和六二年一〇月二四日、中読労組との間で、脱退被告の従業員は全員無条件で被告会社に採用されること、労働条件の切下げはなく、有給休暇等に関わる勤続年数については脱退被告在籍期間が加算されること、脱退被告からは退職金が支払われるが、右金額と将来被告会社を退職する際に被告会社入社後の勤続期間に被告会社において適用される退職金乗率をもとに算出される金額の合計額が、退職時の脱退被告の退職金乗率と脱退被告、被告会社の通算勤続期間をもとに算出した金額より少ない場合、脱退被告退職時に支払われた分を控除したうえ、後者の金額が支払われること、脱退被告との労使協定、労使慣行等は被告会社との間でも守られることなどを確認した。

(2) 脱退被告は、本件営業譲渡後の昭和六三年二月一〇日、解散決議をして清算手続にはいった。

(3) 脱退被告の従前の営業は、被告会社によって、同一場所、同一施設において、中部讀賣新聞本社という類似の名称(昭和六三年六月一日さらに讀賣新聞中部本社と名称変更)で中断なく継続されている。

(4) 被告会社に入社した脱退被告の労働者は、被告会社において従前とほぼ同一の労働条件で勤務を継続し、原告においてもまた同様であり、原告は、被告会社から「入社、報道部報道課勤務とする」との採用の辞令を受領した。

以上の各事実を認めることができる。

ところで、営業譲渡においては、有機的組織体である営業そのものの同一性を維持しつつ経営主体が交替するのであるから、特段の事情のない限り、営業譲渡の当事者間には、営業の主要な構成要素である労働者との雇用契約上の雇主たる地位を営業譲受人に包括的に移転させる旨の合意が存するものと推認すべきものであり、右合意は民法六二五条一項の定めにかかわらず労働者の個別の承諾がなくとも当然に移転の効力を生ずると解するのが相当である。そして、右に認定したところによれば、脱退被告の従業員は全員無条件で被告会社の従業員となっているうえ、その労働条件は切り下げられることなくほぼ同様の取扱いがされ、また労使関係も従前の協定、慣行等が守られことになるなど、右推認に副う事情が多々存在する。もっとも、前記のとおり、脱退被告の従業員は原告を含め一旦脱退被告を退職し、被告会社に新規採用されたという手続が形式上採られこ(ママ)とも確かであるが、全体の経過からみると、右手続がとられたからといって、必ずしも全従業員が真実脱退被告を退職したうえ新規に被告会社に雇用されたとみなければならないものではなく、それは単に使用者に変更を生じたことを明瞭ならしめるためにされた手続にすぎないとみることもできるものであるから、右手続を履践した事実をもって前記推認を覆すべき特段の事情ということはできず、その他右推認を覆すに足りる特段の事情も窺えない。

そうすると、脱退被告と被告会社との間の本件営業譲渡には、原告を含む労働者と脱退被告との雇用契約上の雇主たる地位を包括的に被告会社に移転する旨の合意が存したことになり、これによって、右雇用契約上の雇主たる地位は同一性を保って脱退被告から被告会社に移転し、同時に本件訴訟における被告適格も脱退被告から被告会社に移転したとみることができる。

(三)  異議なき承諾について

被告は、原告が、昭和六三年二月一日付で被告会社に採用され、社会部報道課に配属されるに際し、報道部報道課に勤務することを承諾したのであるから、原告はもはや元の職場に復帰することを求める権利を失った旨主張する。たしかに、(証拠略)の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が昭和六三年二月一日付で被告会社に採用されるに際し、被告会社から「入社、報道部報道課勤務とする」との辞令の交付を受けたこと、原告は被告会社において報道部報道課に配属され、その後同課において勤務していること、原告が被告会社に対し右措置に対し明示的に異議を申し立てていないことが認められる。しかし、前述のとおり、本件営業譲渡においては、労働者との間の雇用契約上の雇主たる地位は包括的に営業譲受人に移転しているとみられること、原告は本件営業譲渡があった後遅滞なく、本件訴訟において、被告会社に対し、脱退被告の被告たる地位を引受承継するように申し立てたこと(当裁判所に顕著な事実である。)からすれば、仮に原告の行動の中に被告会社の報道部報道課勤務を承諾しているとみるべき要素があるとしても、それは本件配転命令の効力について異議を留めた承諾とみるべきであり、したがって、本訴請求についての確認の利益を失わせるものではない。

二  請求原因1について

請求原因1(一)(二)の事実は当事者間に争いがなく、同(三)の事実については前記一2のとおりである。

三  請求原因2について

請求原因2(一)及び(二)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

四  原告は、請求原因3(一)において、本件配転命令は原告・脱退被告間の労働契約に反するから無効である旨主張するが、この点についてはしばらく措き、先ず、請求原因3(二)労働協約違反の点について判断する。

1  本件協約の内容及び存在については、当事者間に争いがない。

2  本件協約の成立の経緯について

原本の存在及び成立に争いのない(証拠・人証略)の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。

(一)  脱退被告は、昭和五六年四月一五日付で、本社編集局報道部報道課の村田博明に対し、刈谷通信部への配転を命じた。これに対し村田は、近藤峰夫(当時の中読労組委員長)に、「自分は非常に納得できない。残念であるし、無念である。本当言うと行きたくない」と語っていた。また、同年八月一日付で、脱退被告は、編集局報道部連絡係の小川浩司に対し、事業本部企画部への配転を命じた。これに対して小川は、当初は脱退被告に右配転命令を保留にして欲しい旨申し入れたが、受け入れられず、結局小川にとっては不本意なまま右配転が発令された。

中読労組は、昭和五六年秋闘において、組合員の権利擁護の立場から配転協約の締結を要求項目の一つとして取り上げた。すなわち、配転の問題は、中読労組結成以来の課題であったところ、右村田及び小川の配転を契機として、第四期の組合幹部であった近藤、原告らにおいて、配転について、労働者の意思を優先して本人が納得した配転が保証される必要性を強く感じ、第四期(昭和五六年)の秋闘の要求の中に配置転換の協約を盛り込んでいこうと考えるようになった。そして、中読労組は第四期の役員体制(委員長は近藤峰夫、原告は副書記長)のもと、同年八月二六日から秋闘の要求作りに取りかかり、同年九月一日の代議員会では、組合執行部から「配転に関する事前同意制」が、「要求の柱」としての五項目のうちの一つとして提示され、検討された(なお、配転問題に関する組合執行部内での担当者は近藤であった。)。その後、同月一六日の代議員会において各職場集会の意見が集約され、第四期の秋闘要求が決定された。

(二)  同月一八日開催の脱退被告と中読労組との昭和五六年度秋闘第一回団体交渉において、中読労組は、脱退被告に対し、「昭和五十六年度秋闘要求書」と題する書面(〈証拠略〉)のとおり要求し、その中で、配転問題については、「配置転換(転勤を含む)を行う際には、発令予定日の一〇日前までに、本人及び組合に提示し、組合と誠意をもって協議し、本人及び組合の同意の後に実施すること」とする要求をした。これに対して、脱退被告の石曽根労務担当の回答は、「会社側は要求については組合要求に沿うよう努力する」というものであった。同月二九日開催の第二回団交においては、「回答書」と題する書面(〈証拠略〉)の中で、「配置転換については六月から行われている通り原則として一週間前に組合に通告、本人とは同意をもって実施する」という内容の回答がなされたのであるが、脱退被告側(石曽根労務担当)から、「組合の同意」を必要とする点に対しては、会社側の人事権を侵害するものである旨の発言がなされ、「組合の同意」の要件は脱退被告側の回答には含まれていなかった。

(三)  中読労組は、九月二九日の第二回団交で脱退被告側の回答が出た翌日の同月三〇日、代議員大会を開き、回答の内容を検討し、対応を協議した。その際、代議員の梅田克則(審議室勤務)から、配転命令を拒否した場合の報復についての不安が提起されたので、近藤委員長は、「もし、そういう心配があるなら、これ以降の団体交渉の中で報復的な不利益な取扱いをしないということを会社に確約させましょう。」と答えた。

そして、同年一〇月八日開催の第四回団交において、中読組合の近藤委員長は、脱退被告に対し、配転を拒否した場合にも報復的な不利益扱いを受けないように申し入れ、これに対し、脱退被告の石曽根は、「その不同意の理由を社が認めた場合」との留保をつけて受け入れた。

(四)  その後、同月一四日の第五回団交において、中読組合と脱退被告は、秋闘の団交を妥結することになり、その合意の内容を明文化するために協定書(〈証拠略〉、以下「本件協定書」という。)を作成した。本件協定書作成に際しては、配転についての問題は含められなかった。本件協定書に配転問題が含められなかった理由は、配転問題については、中読労組の要求により、脱退被告から一応の回答を引き出したものの、中読労組の執行部としては、右回答については組合との事前協議条項及び組合の同意の二点が欠けていたことから、必ずしも満足すべき結果ではなく、今後においてもさらに十分な成果を得るべく脱退被告に対して要求・交渉を続けていくつもりであったからであり、配転問題については、これを正式な協定書に盛り込まず、労使交渉の一応の到達点を確認するものとして、本件協定書とは別に文章化を求めることとし、脱退被告もこれに応じ、本件協定書の調印と同時に、「団体交渉確認事項」と題する書面(〈証拠略〉)が作成され、本件協約が締結された。右「団体交渉確認事項」と題する書面のうち配転問題に関する部分は、中読労組の執行委員長で、配転問題についての担当者であった近藤が、それまでの組合と脱退被告との交渉の経過をまとめて、予めわら半紙に手書きで文案を作成し、それを脱退被告の労務次長であった佐々木航城に手渡したところ、調印がなされるまでの間に近藤が作成した文案のとおりに前記「団体交渉確認事項」と題する書面として準備されたものである。

3  本件協約の解釈について

(一)  配転について

(1) 本件協約に規定する「配転」の意義は、前記2で述べた本件協約成立の経緯からすれば、通常の語義と異なる解釈をすべき事情は認められないから、前述一1(一)のとおり、同一企業内における労働者の職種、職務内容、勤務場所のいずれか又は全てを、長期にわたって変更することと解すべきである。

(2) 企業の配転権限

前述のとおり、労働契約においては、賃金労働時間のみならず、就業の場所及び従事すべき業務に関する事項もまた労働条件であり労働契約の要素となるものであるが、全ての労働条件が、当初の労働契約において固定化されるとは限らず、明示又は黙示の合意により、使用者は、一定の範囲で労働者の労働の種類、態様、場所等を一方的に変更する権限を取得することができ、右権限に基づく一方的な意思表示である配転命令によって労働者の労働の種類、態様、場所等を変更することができる。そして、その反面として、右一定の範囲を超える変更については、使用者は労働者の同意なくしてこれを行うことができないと解される。

(二)(1)  本件協約の効力

原告と脱退被告の労働契約において脱退被告がどの範囲の配転権限を有するかについては争いのあるところであるが、本件協約において、配転には本人の同意を要する旨定められたとすれば、脱退被告の配転権限は右規定の制約を受けるから、本件配転が脱退被告の有する配転権限の範囲内にあるか否かを問わず、本件配転には原告の同意を要することとなる。

(2)  本件協約における「同意」の必要性について

本件協約の文言は「配置転換は原則として一週間前に組合に通告、本人の同意をもって実施する。本人が不同意の場合、その不同意の理由を社が認めた場合は、同意しなかったことを理由として不利益扱いはしない。」というものであるが、以下に述べる事情に照らすと、前段の「原則として」という文言は、前段前半部分の「通告」にのみかかり、前段後半部分の「本人の同意」にはかからず、後段については、前段において要件とされた「本人の同意」がない場合における不利益扱いを規定するものと解するのが相当である。

前記2(一)(2)認定の本件協約締結の経緯によれば、中読労組は、配転問題の交渉においては、当初、本件協約の前段部分のみを要求していたのであり、脱退被告もこの点に関してのみ回答していたものである。この時期における脱退被告の回答内容は、「配置転換については六月から行われている通り原則として一週間前に組合に通告、本人とは同意をもって実施する。」というものであり、前記2掲記の各証拠によれば、「原則」という文言は、中読労組の要求における事前通告期間が一〇日間であったのに対し、脱退被告がその回答としての事前通告期間を一週間とするにあたり、配転の発令時に休日等が入ることにより、必ずしも一週間という期間を守れないことがあるかもしれないことを考慮して、「原則として」という文言を入れたものであること、「原則として」との文言が「本人とは同意をもって実施する。」との文言にかからないとの解釈は、中読労組側においてはもちろんのこと、脱退被告側においても異存がなかったことが認められる。また、前記2(一)(3)のとおり、本件協約の後段部分は、前段部分を前提に、不同意の場合に不利益取扱いを受けないという、さらに組合側に有利な地位保証的条件を得るために、中読労組側から脱退被告に対して要求、交渉されたのであり、その交渉過程で「その不同意の理由を社が認めた場合は」との文言が挿入されたとしても、後段部分の基本的な意味合い、すなわち前段部分をさらに補強、保証するという機能は変わることがないものといわなければならない。この点、脱退被告の交渉担当者であった石曽根は、配転問題に関して、第二回交渉の際に回答した内容では「原則として」の文言は「本人の同意」にはかからないが、後段部分が新たに規定されたことにより、前段部分までが内容的に後退し、「原則として」が「本人の同意」にかかることと同様の意味内容に変更されたと脱退被告側では理解した旨の供述をするが、脱退被告においては、本件協約の後段部分が中読労組から要求された際に、その要求の趣旨が前段の成果を更に実質的なものにするためのものであることを十分に理解していたと認められるから、それに対する回答として前段の趣旨自体を後退させるような提案をし、それが中読労組によって受け容れられたと考えることは不合理であるから、石曽根の右供述は採用し難い。

(3)  以上のことからすれば、本件協定が締結されたことにより、脱退被告においては、一般に、その従業員に対して配転を命ずるには、「本人」たる被発令者の同意が必要とされることになり、「本人の同意」がない場合その配転命令はその効力を生じないといわざるを得ない。

4  本件配転命令について

以上のとおりであるところ、本件配転命令について、原告は不同意である旨回答しているのであるから、本件配転命令は、特段の事情のない限り、無効であるといわなければならない。

5  抗弁(同意権の濫用)について

被告は、原告が本件配転命令に同意しないことをもって権利の濫用である旨主張するが、本件全訴訟資料によっても、未だ原告の不同意が権利の濫用であるとみるべき事情を認めることができないから、被告の右主張は採用することができない。

四  以上検討したところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菱田泰信 裁判長裁判官清水信之及び裁判官遠山和光は転補のため署名捺印することができない。裁判官 菱田泰信)

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